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組織の歩み
―釧路市の漁業とともに歩む釧路市水産業対策協議会―

釧路市漁業のはじまり

 釧路は江戸時代後期から明治にかけ、漁業の街として開拓され、大正11年に釧路市となりました。
   

 漁業は漁船や漁具の近代化とともに発展を遂げ、釧路市は昭和44年から水揚量日本一となりました。
 しかしながら、昭和50年頃から、排他的経済水域200海里の宣言が世界の大勢を占めるようになり、世界各国の海で漁業を行っていた日本にとって、多くの漁場を失うという大きな問題が起こってきました。
 特にアメリカ・カナダ・ロシア(当時ソ連)の200海里宣言は、北洋漁業を中心に発展を続けてきた釧路市にとって、漁業や水産加工業だけでなく、漁船・漁具・漁網や無線・燃料・魚函・運送・食糧仕込み・雇用など様々な方面に影響が生じ、釧路市経済の根底をゆるがすものになると予想されました。

 釧路市水産業対策協議会は、この200海里問題の対策を釧路市内関連業全体で考えることを機会に設立されました。

 200海里は大きな影響を残したものの、その後、釧路市は、道東沖のいわし漁の好漁などで、昭和54年から平成3年までの13年間、日本一の水揚げ量を記録し、昭和58年から63年までは、100万トンを突破しました。
 しかし、100万トンの約7割を占めていたイワシの激減に加え、平成3年には北洋さけます公海沖漁獲禁止・平成4年に公海流し網禁止・平成5年ベーリング公海操業一時休止など、国際的な漁業規制が一層強まる中で、水揚げ量は減少し、平成7年から20万トン程で推移しています。

 これらの資源変化や漁業規制も、漁業や水産加工の経営に大きな影響を及ぼすものでしたが、資源の自然変動や水産資源などを保護する規制は、受け入れざるを得ないものでありました。

 この様な時代の流れの中で、釧路市の水産業界は二つの対応策をとりました。一つはロシアなどと共同で事業を行い、漁船が操業できる漁場を確保することや、合弁企業を設立し魚を輸入することなどです。もう一つは、遠洋での漁業が規制されたこととあわせ、沿岸沖合域での漁業資源の管理・有効利用のため、釧路マリノベーション構想を樹立し、つくり育てる漁業や、漁場の造成などを行いました。

 釧路市水産業対策協議会は、漁協や市場など関連団体が、これらの事業を行う上での側面的な支援を行ってきました。 特に、ロシアカムチャツカ州との漁業交流を強く推進した他、マリノベーション構想の一環として親水漁港として建設されているマリンパーク(千代ノ浦漁港内)の早期整備についても働きかけを行ってきました

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資源管理型漁業と新時代への対応

 近年は、国連海洋法条約の最終手続きも終え、今まで200海里規制を適用していなかった国も対象とすることで、道東沿岸で操業していた外国トロール船団が撤退し、乱獲や漁具被害が無くなる一方、水域以内の生物資源の保存・管理が義務付けられ、現在7魚種について資源調査に基づく漁獲可能量(TAC:Total Allowable Catch)が設定されています。
 水揚げ量は20万トン程度で変わらず、量より質が求められる時代へ向かっています。このことから、漁業者や市場は鮮度などがより高いもの、水産加工業関連では、マーケットのニーズにあった製品づくりが求められ、さらに流通過程での衛生管理や安全性(HACCP:総合衛生管理製造過程)に対する関心も高まっております。

 この様な状況の中、釧路市水産業対策協議会は、国や関係機関へ200海里全面適用に対する要望や運動を行ってきました。また、HACCP対応のための関係者への講習会の開催なども実施しました。

 今後も、水産基本法制定の検討や輸入水産物による魚価問題、水産物加工高度化や合理化など様々な課題が残されていることから、関連業界とともに解決に向け活動してまいります。

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